2017年1月27日金曜日

◇ つれづれなる浜に ◇    【 古和浦 夕日が浜のこと 】

※某雑誌の連載用にと書き下ろした文章ですが編集長にボツ宣告をされ、もったいないのと悔しいのでブログに掲載します。
また同じような趣向で書き続けていきたいので、不定期連載とさせていただきます。
どうぞお付き合いくださいませ。


夕日が浜の落陽



〈序文〉

漕ぐばかりがシーカヤック旅でもない。
いい浜で過ごすひと時もまた海旅だ。
いい浜で酔い痴れ、いい仲間と語らい、時には一人で思い出に浸る。
浜でのよしなしごとをそこはかとなく書いてみたい。



〈自己紹介〉

僕はシーカヤックのインストラクター・ガイドだ。
お客さんからお代をいただいてレッスンやツアーをしているのだから職業カヤッカー、プロである。
今まで僕なりの旅はしてきたが遠征や冒険はしてきたつもりはない。

熊野灘。
ユーコン川。
スコットランド西海岸。

漕いだ経験は一丁前のようだがなにせ中途半端で恰好つかない旅ばかりなのだ。
プロといってもそんなものだ。

そんな僕の身の丈そのままに、僕が活動しているフィールドの紹介がてらお気に入りの浜について書いていきたい。



著者近影。串本・橋杭岩にて



〈本文〉

【 古和浦 夕日が浜のこと 】

前日の夜8時近くにKさんから電話が入り、明日からのキャンプツアーに参加したいと申し込んで来たのには驚ろかされたが僕は二つ返事でKさんの参加表明を承知した。

古和浦キャンプツアー。

Tさんの要望で企画した日程だったがなかなか集客に苦戦して、まあたまには一対一のキャンプもいいかもと開き直っていたし、僕自身のんびりと居心地のいい浜でキャンプをしたい気分だったので商売っ気抜きで楽しみにしていたが、どうやら仕事になりそうだ。
幸い、食材は多めに買っておいたので大丈夫。

そんなことを考えながら最後の準備を整え寝たのだった。



翌朝、快晴。11月に入ったばかりの清々しい高い空が目に沁みる。



出発地のロッジさらくわ。
駐車場、水場、シャワー完備。いつもお世話になってます。



集合、出艇は「ロッジさらくわ」から。
通常営業はしていないので特別な許可が必要だが、実質、古和浦を漕ぐには唯一にして最高の出艇場所なのでずっとお世話になっている。(※注)

そして出艇。
シーカヤックで海へ漕ぎ出すのは離陸だろ?と内田正洋さんは言うが、ロッジさらくわ前の鏡のような凪ではそういうロマンも緊張感も味わえない。

いたって穏やかでイージーだ。

上天気だがどういうわけか海上筏の釣り客は少ない。
代わりにロッジさらくわの海辺には数台の車が停まっていたので他のグループも出ているようだ。
古和浦がカヤッカーで賑わうのは現地のカヌー屋さんとしてはとてもうれしいことだ。

僕は漕ぐ手も軽やかに山に囲まれた湖のような景色の中へキャンプ道具を満載したカヤックを進ませた。



外洋に面した岩場もこの日は静かですいすい漕げた。
もっと攻めるルートもあるけどキャンプの時はしません。



目指すは東側湾口近く、通称「夕日が浜」。

地形図にも海図にも名称が記載されていないこの浜に誰が夕日が浜と名付けたのかよく分かっていないが、僕は熊野海道エクスペディションの途上この浜でキャンプした折にアルガフォレスト柴田さんから聞いたように思う。
由来は夕方になれば誰もがなるほどと頷ける落日を見ることができるからだ。
遠く大台ヶ原へと続く紀伊長島、尾鷲の山々と島々が折り重なるリアス式海岸の景観は地元びいきを抜きにしても言葉を失うほどに美しい。

古来日本には伝統色だけでも465色あるとされるが、この山並み島並みが織りなす濃淡のグラデーションを眺めていると自然の中には無限に色が存在しているのだろうと思われてくる。



夕日が浜に上陸して焚き火開始。
流木が豊富にあるのは当たり前なのが熊野灘の特徴。



上陸して遅めの昼ご飯を済ませ、流木を集めて火を熾してしまうともう焚き火から離れられなくなってしまった。

台風のおかげで流木は三人で集めてもすぐに山のように積み上がる。
身体を動かすと汗ばむ陽気で、明るいうちから缶ビールをプシュリといけるのもキャンプツーリングのいいところだ。

今回、初対面のお二人だったがすぐに打ち解けて話し込んでいる。僕は二本目の缶ビールを開けながら旅の思い出にふけり始めた。



もうすっかり焚き火から離れられなくなった図。
今宵のつまみは地物の珍味セットでした。



先年の秋、僕は五ヶ所湾から漕ぎ出して紀伊半島を南下する旅をした。

久しぶりの一人旅だった。

一週間ほど時間が作れたので当初の目標は紀伊半島をぐるりと回って湯浅あたりまで行けないものかと企んだが、初日に夕日が浜に上がった時点でそれがまったく無理だと分かった。
僕自身の力量不足なのかもしれないが、一人焚き火を見詰めながらご飯を食べていると段々心細くなってきた。


この時は1人で夕日が浜の落日を見送った。



僕は先へ先へと旅を急いだ。
あの焦燥感がなんだったのかよく分からないが、もしかすると見栄とか意地だったのかもしれない。

地元ガイドだから、みたいな。

そんなつまらない意識に翻弄され、のんびり一人旅のつもりがツアーの下見もしたりとどうにも商売っ気が抜けないのである。
哀しい性というべきか商魂逞しいというべきか、とにかく僕は何者かにせっつかれるように漕ぎ続けた。



毎日海図と地形図を確認しながら旅した。
スマホやGPSよりも僕はこういうスタイルが好きだ。



太地を超えて。
旅の後半はさっぱりしない天気が続いた。



それでも潮岬を越えられなかった。

大潮の昼下がりに本州最南端の岬に取りついて周辺の岩場の水路や波や流れの様子を一時間近く観察したがどうしてもルートが見付けられず、ついに諦めて潮岬灯台直下の浜へ強引に上陸した。
上がった途端に緊張の糸は切れ、もうここで撤収しようと心が折れていた。

11月の潮岬の夕焼けは赤々と禍々しく艶やかで、日が落ちると風は容赦なく冷たかった。

本州最南端、潮岬。
後方からはうねりが迫り、前方では黒潮と潮流がうなりを上げていた。



潮岬灯台直下の浜に上陸。
浜にカヤックを引きずりあげるために荷物を出さなければならなかった。



くしくも僕が潮岬から撤退したその日に、RAINBOWのスタッフ稲垣サエミちゃんが紀伊半島一周の海旅に出発した。
あまりにも出来過ぎたタイミングでちょっと狼狽したが不思議と悔しくはなく、僕はああそうか、気を付けてねと心から旅の安全を祈った。

少し淋しくもあるが、長旅へ対する気持ちが鎮まっている今の自分の有り様にまんざらではないとも感じていた。
そのことをしっかりと自分自身に確認できた旅だった。



焚き火談義は尽きません。
海抜0mで満天の星空を楽しめるのも古和浦ならでは。



焚き火を囲んでの宴は続き、僕はビールからウィスキーに替える。

最近ある人に教えてもらった安くて美味いスコッチで、スモーキーフレイバーはやっぱり焚き火に良く似合う。

長いこと座り続けたおかげでお尻の下の砂利は居心地のいいくぼみになって、小用を足しに立ち上がるのもおっくうなくらいだ。
初対面の二人のお客さんがすでに数時間話し込んでいる。
同窓会でもこんなに長いこと語らうことはないだろうに、話のネタは尽きないようである。



と、突然Kさんが本橋くん上!と言われて見上げると、流れ星が真上を横切っていった。

なんだあれ?

言われて見上げて見ることができたくらいだから相当長い時間飛んでいたことになる。
飛行機雲のように航跡が長く尾をひいていた。
燃え尽きる寸前の線香花火のようにぱっと明るくなる流れ星は見たことがあるが、こんな流れ星は初めてだ。

ところがTさんは見逃したようで、それから三人で首が痛くなるまで星空を見上げて流れ星を待った。


そのうち酒の肴もさみしくなり、日付も変わりそうになっていた。
ちろちろと燃える焚き火越しに二人の会話を聞きながら僕は寝袋の中の温もりが恋しくなり始める。

いつの間にか山の端から月が顔を出し、天の川が中天を二分していた。



キャンプの朝、僕は一人焚き火を熾してやかんを火にかけコーヒーを淹れる。
ふわりといい香りが浜辺に漂い鼻をくすぐる。
朝日に照らされゆっくりと砂利浜が暖められていく。
山からキョッと一声、鹿が啼く。朝一番の贅沢な時間だ。



モーニングコーヒー。
ガイドの楽しみの一つですね。



朝食はホットサンド。
人数が少ない時だけのスペシャルメニュー。



浜寝のお供は「Dewar's」。
バーテンダーが仕事上がりに飲むといわれるお手頃価格のブレンドスコッチ。



起き出してきたお客さんと朝食を済ませて食後の時間をコーヒーで弄んでいると、Kさんのテントが風に煽られて転がり出した。
慌てて取り押さえてテントを畳み、そのままTさんも撤収を始めた。

どうやらのんびりキャンプもここまでのようだ。

僕は先刻から気になっていた雲の動きを見ながら、帰り道は少しばかりきついパドリングになりそうだと感じた。







※注 ロッジさらくわの利用方法についてはサニーコーストカヤックスまたはアルガフォレストへお問い合せください。




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