2014年3月23日日曜日

東北ボランティア・センチメンタル・ジャーニー ~ その1、金沢から小泉へ ~

金沢を出発し、一路東北へ。


600kmあまりのドライブでしたが、伊勢から直接行くことを考えれば相当楽な行程です。天気も上々、寄り道、つまみ食いもしながらののんびり運転でした。
途中、facebookの投稿を見て僕らが宮城へ向かっていると気付いた知り合いの方からメッセージが入り、国見PAで桃のソフトクリームを食べるべし!との情報をいただいたので、素直に従いました。


濃厚な蜜桃フレイバーを堪能し、その後はノンストップで今夜の目的地、栗原市へたどり着きました。
栗原では僕と奥さんの共通の友だちと夕飯を食べ(ここでもドタバタがありましたが割愛)、翌日、僕の思い込みと勘違いで登米市鱒渕小学校跡へ向かいました。


勘違いというのは、前夜の話の中で「手のひらに太陽の家」に僕らがお世話になったおばちゃんが出勤しているだろうから会いに行こう!となったのですが、僕はすっかりこの鱒渕小学校跡の裏手にできたものとばかり思い込んでいて、行ってみて違う施設が建っていて、あれ?違ったの??となってしまった次第で、、、。
ただ、ここ鱒渕小学校跡、特にこの体育館は、東日本大震災直後にアウトドア義援隊(後にRQ市民災害支援センター)という名のもとにボランティア有志が集まり、救援物資の配送などをする拠点としたボランティアセンターが設けられた場所で、僕ら二人にとってはとても思い出深い場所なのです。
今はもう震災前のように誰にも使われず、ひっそりと、固く閉じられた扉から中を覗きこみ、往時の記憶を辿るのでした。


さて、改めて「手のひらに太陽の家」を目指して登米市の方へ戻りました。
昨夜から断続的に降っていた雪も太陽が高く昇るころには青空が覗くようになってきました。
カーナビよりも信頼のおけるグーグルマップを頼りに、難なく辿り着けました。


木造の建物に大きなソーラーパネルが屋根に並ぶ「手のひらに太陽の家」
詳しくはリンク先のホームページを参照していただきたいと思いますが、簡潔に説明すると、福島県の子供たちを週末などを利用して一時的に預かることによって、放射線濃度の高い地域から離れて低い地域にいる時間を作ることで健康被害などを抑えたいという願いで立てられた施設です。

へえ、素敵なところだねえとご挨拶へ行くと、見覚えのあるカヤックキャリアが載せられた赤い車が、、、。なんとアースクエストの紺野さんがいるじゃないですか!
先日、九州の門司で開催されたJSCA日本セーフティカヌーイング協会の総会・研修会でもご一緒した紺野さん、この日は夕方から実施する震災サバイバル研修(だったかな?たぶん)のために「手のひらに太陽の家」に来ていたとか。
今回の東北行では時間が作れそうもなく、紺野さんの奥さんや娘さん(注:旦那さんは含まれておりません笑)に会いに行くことができずスミマセンと連絡をしていたのですが、まさかばったりお会いすることになるとは思わず、お互いにびっくりしたのでした。

せっかくなので紺野さんにお時間をいただいて施設の案内をしてもらい、さらにJSCA公認スクール委員会の臨時委員会!?も開き、昼前に出発しました。

肝心のお会いしたかったおばちゃんは、たまたまお休みの日だったようで電話してみると、せっかくだから来なさいとご自宅にお呼ばれしてランチにスープカレーを御馳走になり、別れを惜しみつつ登米を後にして気仙沼市小泉地区へと車を走らせました。

小泉中学校のすぐ横にある小泉公民館に到着したのは午後3時。
この日、午後2時から「ひまわりおじさん」と海藤節生さんがトークショー(腹話術)とライブをしていました。このお二人にも僕らは大変お世話になっております。
登米でゆっくりしてしまった分、ライブには途中からお邪魔させてもらいました。


ステージにはひまわりのネットアートが飾られていました。

ひまわりおじさんは、阪神淡路大震災のころから震災ボランティアとして、そして防災教育を積極的に取り組んできたおじさんで、東日本大震災後にはここ、小泉中学校避難所(当時)に「ひまわり温泉」を開設してお風呂を提供し、また、「ひまわりサロン」も開いて被災者の方々とボランティアの憩いの場を提供してきました。
小泉地区に仮設住宅ができてからも年数回被災地を訪ね歩き、小泉には校庭のバックネットに大きな「ネットアート」を飾ったりと様々な活動を続けています。

海藤さん(愛称はうみさん)は元プロのミュージシャンで、現在は「「水守の郷・七ヶ宿」代表として宮城県と福島県の県境に近い仙台市の水瓶・七ヶ宿ダムのほとりでピザ屋さんをしています。

この日は平日ということもあり子供たちの姿はありませんでしたが、おそらく「ひまわりサロン」の常連だったであろうおばちゃんたちが多数集まっていました。

主催してくださったのは地元小泉の「小泉自然楽校」の阿部さん。
生徒さんたちもライブの準備を手伝ってくれていました。
皆さん、お疲れ様でした!

4時前に終了し、小泉中学校仮設住宅の集会所へ移動。今夜はここで懇親会です。


この後もボランティアに来ていたメンバーが何人か合流し、集会所には小泉の大人も子供たちも混ざって懐かしい面々で楽しく過ごすことができました。

ただ、酒が進むとオジサンたちはみな子供化するもので、差し入れでいただいた美味しそうなスイスワインのコルクをなんとかして抜こうと、ネジを差し込んで手袋をはめて大の大人が数人がかりで四苦八苦。見事ご馳走にありつけて大拍手!なんておバカなこともしていました。


持ち寄りのお料理には美味しいおこわやホヤの刺身なんかもあり、小泉の夜はあっという間に更けていったのでした。

続く。

2014年3月17日月曜日

友人の初個展

金沢の友人が個展を開くというので遊びに行ってきました。
ただ行くだけではなく、大事な使命もありました。
というのは彼女には僕の結婚式の時にウェルカムボードとリングピローを作ってもらい、それも個展に出展したいということだったので、ではではとウチの奥さんと二人で持っていった次第です。


3月8日(土)。金沢市内にあるカフェ&ギャラリー’ミュゼ(musee)’。
兼六園にほど近い路地にあるその建物の二階へあがると、和服姿の友人の姿がありました。


サイフォンの並ぶカウンターとテーブルが数脚あるだけの隠れ家的カフェに設けられたギャラリースペース。そこに「Yuuyu」の作品たちが飾られていました。

「Yuuyu」は彼女が手掛ける小物、雑貨のブランド名。といってもこうしたモノ作りが本業ではなく、副業にしているわけでもありません。あくまでお友達に頼まれたり、プレゼントしたりするために作ってきたものばかり。
それを身に着ける、使うひとをイメージしながら作り上げていく作品たちにはそれぞれにたくさんのエピソードが詰め込まれています。


額に収まっているのは結婚式の時に受付に飾る’ウェルカムボード’です。
手前のが僕たち二人のために作ってもらった作品。


海をイメージしたというこのウェルカムボードには、たくさんの貝殻やシーグラスが散りばめられ、額のガラス面にはサンドアートもあしらわれています。
そして僕たち二人の似顔絵はなんと一筆書きなんです!これは高校時代の同級生にお願いして描いてもらったとか。
何度見てもすばらしい出来栄えですなあ。うっとり~。

左下にあるのがリングピローです。


これは、ウチの奥さんと彼女の二人で金沢市内のホームセンタームサシで二時間余り素材を探し回り、じゃあ出来上がったら連絡するね~と言って別れた後、金沢から伊勢に向かって運転している途中で「出来たよ!」とメールが来てびっくりさせられた一品。
贈るひととイメージがはっきりしていればすぐにカタチにできてしまう彼女の才能に驚かされたものです。


こちらは和装婚の友達に送った髪飾り。
着物の色に合わせて作ったつまみ細工です。


こちらもつまみ細工の一品。
レースもあしらい、和と洋の調和を意識した作品です。
(あ、もちろん受け売りですから笑)


漆喰(?)の壁に残る穴の数々が、これまでに多くの個展などを開いてきたことを静かに物語っていました。その1ページに「Yuuyu」も名を連ねたことになります。

個展初日のこの日、夕方6時から開かれたレセプションパーティーでは、彼女の高校時代の友達でヴァイオリニストの女性の方が生演奏を披露してくれました。


そしてパティシエをしている友達二人からお菓子が届けられ、ヴァイオリンの演奏を聴きながら、かわいい作品たちを見ながら、ゆったりと時間を過ごすことができました。


友人の今後に期待です!いろいろありがとう!!
夢、追っかけようね~( ´ ▽ ` )ノ

2014年3月5日水曜日

ハマジンチョウ

五ヶ所湾の獅子島に自生するハマジンチョウの花が見頃を迎えています。


ハマジンチョウはオーストラリアや東南アジア、南太平洋の熱帯・亜熱帯地方に広く分布している低木で、日本では九州の五島列島、天草や鹿児島などに自生しているのが確認されていますが、本州ではここ南伊勢町五ヶ所湾の獅子島だけ、しかも自生地の北限といわれています。

南伊勢では2、3月に紫色の小さな花を咲かせます。
とても控えめな花で、大きさは指の先ほどしかなく、花は茎の一番上ではなく一段下の葉っぱの付け根に咲き、遠目には咲いているかどうかも分かりにくいくらいです。
強い匂いもなく、顔を近付けても潮の香やアオサのほうが勝ってしまいます。


自生しているのは五ヶ所湾の北の端、五ヶ所浦の集落からすぐ見える獅子島南岸です。
獅子島には弁財天さんをお祭りした社があり、赤い鳥居は海沿いを走る国道260号線からも良く見えますが、ハマジンチョウが咲く南側は道路からは見えません。

ハマジンチョウの種子が藤村の詩で詠われたヤシの実のように南の島から流れ寄り、湾の奥の獅子島の浜に辿りついて自生したのではないかと考えられています。


一時は廃滅の危機に瀕したこともありましたが町の人たちの手によって保護され、今では挿し木で増殖した株を町内で見ることもできるようになりました。


町の人たちでも普段はなかなか渡ることのできない獅子島ですが、カヤックならいつでも本州唯一の自生地へ見に行くことができます!

ハマジンチョウの花が咲くのはこの3月まで。

旅情を誘うはかなくも逞しいハマジンチョウの花をサニーコーストカヤックスのツアーで見に行きませんか?

ホームページはこちら!

2014年2月15日土曜日

たまにはDIY

少し前のことなのですが、自宅で某北欧家具屋さんで購入してきた家具の組み立てをしました。


組み立てといっても単純なものではなく、プラスドライバーだけならかわいいのですが電ドリまで必要という上級者向け(?)。組立説明書を開き、パーツ類の確認をしている段階で不安がよぎります。
パーツ点数も多く、ネジだけでも十数種類。他にも見慣れない金属製部品が多々あり、ニ○リ製品のような安易さが感じられません。
けっして不器用ではないですがこんな本格的な工作はしたことがなく、落ち着けオレ、既製品なんだからマニュアル通りに組み立てていけば大丈夫だと自分に言い聞かせて作業を始めたのでした。


一時間後。
不安をよそにけっこう形が出来てきました。
珍しくきちんと組立説明書を読みながら作業を進めたのが功を奏したようです。


さらに一時間後。
ほぼ完成です。
写真ではサイズ感が伝えにくいですが、タテヨコ550X1500くらいあります。
重量も相当あり、引きずり動かすことはできますが、僕一人ではとても持ち運べない代物です。


引出しを開けたところ。
アイランドキッチン、というのでしょうか。台所にデン、と置きました。
電ドリは引出しの取っ手をネジ止めするための穴を開けるのに使いましたが、なぜここだけ穴を開けといてくれていなかったのか謎でした。でも簡単なとこで良かった。
この後、仕上げとして天板をやすり掛けしてオイルを塗ってと説明書にありましたが未だにしてません。時間を作ってやらないとですね。


そして今現在。
天板の上には常時置いているものもありますが、それでも広いスペースがあるので野菜を切ったり皿を並べて盛り付けしたりしています。便利~。
引出しの中はフライパンや手鍋などの調理道具数種、醤油や油などの調味料、お茶各種、その他食材などが混沌かつ整然と詰め込まれています。(残念ながらお見せできません笑)


僕個人としては過去最大級の日曜大工となりました(カヤックラックは別として)。
部品点数の多さと必要工具を見ただけでびびってしまいましたが、ちゃんと基本通りにやれば何も問題なく仕上げることができ、なるほど、基本に忠実というのはやっぱり大切なんだなあと感じ入ったのでした。
・・・説明書とかマニュアルとかって読まないんですよねえ(笑)。

2014年1月29日水曜日

南伊勢から南国フルーツを!

さて、これはなんという果物かご存知でしょうか?


答えは「アテモヤ」です。
南伊勢町の農家さん里の駅ないぜしぜん村が栽培しています。

もともとは南国のフルーツで、「釈迦頭」と「チェリモヤ」を掛け合わせて作られた果物です(すみません、浅学なものでどちらも食べたことありません・・・)。
糖度が高く20度から25度でとっても甘くてクリーミーな味から、’森のアイスクリーム’と言われています。
甘くてビタミンも豊富なのですが低カロリーで、近年人気急上昇中とか。

サイズはソフトボールくらい。表皮は熟れると見た目に反して柔らかくなります。
追熟といって、買ってからしばらくおいておくと熟れてきて全体が柔らかくなっていき、低反発ウレタンくらい(!?)になったら食べごろです。


そのままでも食べられますが、冷凍して食べると本当にアイスクリームのような感じになります。僕的には凍らせて食べた方が好きでした。

大きな種がいくつも入っているのでコレを植えたら自家栽培できるのでは?なんて考えましたが、栽培はすごく難しいらしく生産量も限られているので高級フルーツなのです。
んがぐぐ。

収穫期も限られていて、残念ながら今年度はもう時期が過ぎてしまったようです。


また来期、南伊勢で採れる南国の風味を楽しみたいものです。

2014年1月23日木曜日

~一枚の写真から綴る~ 第11次瀬戸内カヤック横断隊 参加報告10 エピローグ

11月22日16時20分、岡山県渋川海岸に着陸。
浜には海洋ジャーナリストで初代瀬戸内カヤック横断隊隊長の内田正洋さんが出迎えてくれました。


「おおぉ、かっこええのぉ。横断隊が漕いでるのを陸から見たのは初めてだなあ」
第一次から第十次まで全航程を漕ぎ抜いてきた内田さんのセリフには計り知れない重みがあります。
’完漕請負人’こと赤塚くんを見付けてザマアミロと高笑い。そして今日だけでも相当な距離を漕いできたメンバーたち一人一人に声を掛けてくれました。

豪胆にして義理堅い。
瀬戸内カヤック横断隊が10年続き、さらに次の世代へと受け継がれていく背景には、この内田さんの海の男気があってこそだとつくづく思うのでした。

写真中央の奥にポッカリと浮かんでいる三角形の島は大槌島です。
数年前、厳冬期の三月初旬にあの小島に二日間も缶詰にされたこともありました。
この瀬戸大橋周辺海域でもいろんな思い出、出来事があったなあと暮れなずむ瀬戸内を眺めながら缶ビールをぐびりとあおるのでした・・・。



さて、10回に渡って書き綴ってきました第11次瀬戸内カヤック横断隊の参加報告でしたが、以上で終了となります。
本当はもっともっと書きたいことや言いたいことがありますが、それはまた別の機会としましょう。

もしご興味があれば瀬戸内カヤック横断隊の公式ブログもあります。
横断隊ブログでは参加した隊士の皆さんのレポートがアップされていますので、ぜひチェックしてみてください!

2014年1月11日土曜日

~一枚の写真から綴る~ 第11次瀬戸内カヤック横断隊 参加報告9

11月22日金曜日。
タイムオーバーが確定し苦渋の決断をくだした後、瀬戸大橋を目の前にして大型船がゆっくりと行く手を阻んだ。
それは堂々と、悠々と僕らの前を横切って行ったのだった。


瀬戸大橋を昼までに通過する。
それがこの日のリーダー、西表島まんさくツアーサービスの碇さんが立てた小豆島まで完漕するための計画だった。

昨日辿り着いた走島から、最終目的地小豆島まで約70km。
午前5時にブリーフィング。
夜明け前に出艇。
島から島へと海峡横断を繰り返し、最短コースで小豆島を目指す。
碇さんの計画は大胆かつ、緻密なタイムスケジュールで組み立てられていた。

が、それは果たせなかった。
そして昼。広島に上陸休憩した際に今回の最終着陸地点を渋川海岸としたのだった。

その後のことである。
おそらく新造船と思われる大型船が本州側からのっそりと姿を現し、その巨体が眼前を過ぎていった。

人は大きなモノを見ると感動するものだ。
生き物で言えばゾウやクジラ、建物では瀬戸大橋や超高層ビルなどを目の当たりにすると、おおぉ、と感嘆を漏らす。
この大型船は乗り物としては最大級だろう。
瀬戸大橋を背にして、遠近感が狂うサイズだ。
それがゆっくりと瀬戸大橋をぎりぎりで潜り抜け東へと去って行くのを見送りながら、僕はすっかり毒気を抜かれたようになったのだった。

ようやっと瀬戸大橋を潜る。
潮がまだ速くそれなりに緊張感のある通過だったが、僕はと言えば旅は終わったんだなあとしみじみ感じ入っていた。
こういうのを緊張の糸が切れる、油断と言うのだろう。
まるで僕の気持ちを見透かしたように数年来使い込んだカヤックフラッグが千切れて風に飛ばされていったのにすぐ気付かなかった。
後には白い棒がアンテナのように風に揺られていた。


針路を少し北寄りに取り漕ぎ進むと、遠くに渋川海岸のホテルが見えてくる。
ゴールまであと少し。
疲労感が両肩に重くのし掛かってくるのをうっちゃり、漕ぐ手に力を込める。


夕映えに瀬戸内の海が蜜柑のような橙色に染まる中、20数艇のシーカヤックが陸を目指した。


航海ログ
11月22日
05:00 ブリーフィング
06:00 大飛島南岸 通過
09:15 佐栁島南岸 到着
09:30 佐栁島南岸 上陸休憩
09:45 出発
11:00 広島南岸 通過
11:45 広島南東岸 上陸休憩
12:25 ミーティング ゴールを渋川海岸に決定
12:40 出発
13:10 本島南岸 到着
14:30 瀬戸大橋 通過
16:20 渋川海岸 到着 終了