2015年6月9日火曜日

「フィールドライフ誌」取材協力 尾鷲でカヤックフィッシング

ちょっと前の話になります。

サーフ研修の翌日は、フリーペーパーの「フィールドライフ」誌の取材協力でカヤックフィッシングをしてきました。



ライターはホーボージュンさん。
パリダカやトレッキングをはじめ、世界各地を旅してきた方ですが、僕にとっては瀬戸内カヤック横断隊の仲間でもあります。

今回はわざわざ声を掛けていただき、小山浦での取材に同行させてもらいました。



メンバーはカヤックフィッシングの巨匠・RAINBOW中谷さんとスタッフのサエミちゃん。地元尾鷲の小山ハウス森田さん。そして前日に引き続きグッドアウトドア出戸さんとスタッフのカズハちゃん。
取材陣はホーボージュンさんとカメラマンの山田さん、もう一人アウトドアライターの麻生さん。

朝6時出艇、のはずが、あれよあれよと6時半を過ぎてしまい、まあよいではないかとみんなのんびりモードです。
この好天が笑顔と余裕を引き出してくれたようです。


そして出発。
銚子川河口のほうは、相変わらずのサーフゾーン。
もちろんうねりも残っていますが、誰一人として気にしません。
釣具の準備をし始めたあたりからみんなの顔つき目つきが変わってきました。

誰よりも早く、誰よりも大きい魚を釣り上げてやる。
そんな野心が笑顔の奥に透けて見えるようです。

僕は普段通りに攻めていきます。
タイラバを潮目に合わせて落としていくと、、、来ました!


まずは一尾目。
ハタです。
かなり小物ですが、焼いて食べるには十分なサイズだったのでキープ。
続けて同じようなサイズのハタを上げ、少々得意気な僕。
ほら、カメラさん、撮って撮って。

と、中谷師匠の竿が大きくしなりました。
なんだなんだと近寄ってみると特大のマダイでした~!
後で計ったところ75cmだったとか。
さすが巨匠。
しかし大きなマダイの美しいこと。
僕はお相伴には預かれませんでしたが、その夜泊まった民宿で美味しく食べたそうです。


さて、釣りは続きます。
そろそろ釣果に焦りも見え始める頃合。


エソしか釣れない~、と嘆く人。
魚いるの?と海のせいにする人。


僕もジグに替えてからはエソ祭りになってきました。


こちらはなかなかのサイズでファイトもあったので、てっきりタイでも来ちゃったかなあと期待したのにエソだった・・・というパターン。
でもこんなサイズであればエソ蒲鉾にちょうどいいやとキープ。
(その晩、自宅のフードプロセッサーで美味しい蒲鉾を作りましたとさ)


そしてこちらが午前中の釣果!
あ、僕のじゃなくて中谷さんのです。
特大マダイの他に釣れたマダイも50cmほど。こちらは出戸さん。いいなあ。


僕の釣果はこちら。
特大エソと小物のハタ・ハタ・ハタ・ハタ。
でも我が家には十分なお土産になりました。

この日、僕は午後から用事があり、午前中で上がらせてもらいました。
この後どうなったかは、次号「フィールドライフ」をご覧ください。

ホーボージュンさん、そして他の皆さん、ありがとうございました~!



2015年5月24日日曜日

尾鷲でサーフ研修

五月半ば。
昨年に引き続き、沖縄県西表島のシーカヤックショップグッドアウトドアの出戸さんとスタッフのカズハちゃんがカヤック研修のために小山ハウスに来ていました。
そこにのRAINBOW中谷さんとスタッフ・サエミちゃんも加わりサーフ研修をしてきました。


折りしも台風7号が太平洋沖を通過中。
尾鷲の小山浦(正確には海山町ですね)にはうねりが押し寄せ、銚子川河口はサーフゾーンになっていました。


もともとこの日は「フィールドライフ誌」の取材協力の予定だったのですが、急遽サーフで遊ぼう!もとい研修しよう!となり、干潮から満潮へと転潮しはじめた昼過ぎに出撃したのでした。


うねりはきれいに押し寄せ、カヤックから見ると完全にオーバーヘッドの波が次から次へとブレイクしていました。
全員ヘルメットを装着していざ波乗りです。
ところが、僕はヘルメットを忘れてしまい(釣りする予定だったので)、しかも僕の頭のサイズは特大で、小山ハウスの備品で被れるものがありませんでした。
仕方なく僕だけ帽子です。

河口付近は思った以上に浅く、波も見た目パワフルでもうすっかり萎縮してしまった僕。


こんな感じです。
これは波乗りした後、沖へ戻るときの波越えです。
まともに波乗りするとそれはもう素敵なスピード感だったらしいですが、防護されていない状態の僕はどうしても思い切って乗ることができませんでした。


それでも何本かは捕らえようとしましたが、タイミング、コース取り、波に乗った後の操作など、どれもしっくりこないまま。
いやはや、情けないお話しです。

他のみんなはかなり楽しんでいました。
こんな波乗りは初めてのカズハちゃんも僕以上にがんばっていたように思います。


一番自由自在に楽しんでいたのは小山ハウスの森田さんでしょう。
写真だと分かりづらいかもしれませんが、こんな波でも華麗にカヤックを操っていました。

そして成長著しいのがRAINBOWスタッフのサエミちゃん!
いやもう、さすがと言うしかありません。

そんなこんなで夕方五時近くまで遊んで終了。
誰もケガもせず、無事に上陸しました。


どうもJSCAインストラクター2の検定を受けてから自分の未熟さをあらためて痛感する機会が多くなったように思います。
それは自分の未熟さに気付けるようになったということかも知れません。
今回はまったくイイトコ無しで終わったので、今シーズンはいろいろとチャレンジしてシーカヤックでの波乗りも上達したいと思います!

2015年5月18日月曜日

家庭菜園2015

ゴールデンウェークも無事に乗り越え、そして今年もいい時期になりました。
そう、家庭菜園です。


連休明けすぐにしたかったのですが、なかなかうちの奥さんと時間が合わず、五月も半ばになってしまいました。

今年チャレンジするのはミニトマト、ズッキーニ、ししとう、ピーマンです。
ししとうとピーマンは去る5月17日(日)に開催されたSUN!3!サンデー!ふれあい市で買いました。
ふれあい市で野菜の苗まで並んでいるとは知らず、いい買い物ができました。

さて、移植です。


まずは鉢植えの水はけをよくするために砂利を敷きます。
その上に土を被せて苗を置き、さらに土を入れます。


写真はししとうとピーマン。
初心者にも簡単にできるよ、との地元のおばちゃんの言を信じ、初チャレンジです。


今年はマルチシートを活用することにしました。
昨年秋、山口県の祝島へ行った際、お世話になっているおっちゃんから「マルチはええ」とくどいほど口説かれたので、実践します。
失敗したらヨシトさん、責任取ってくださいね!笑

※ どうやら土の上にマルチシートを被せて、それから適宜穴を開けてそこに苗を植える、というのが正攻法のようですね。後で知りました。


そんなこんなで完成です。
こちらはズッキーニ。
なんだか頼りない苗で心配です。
元気に育って、僕の腹を満たしてくれよ。


こちらはミニトマト。
昨年は系4本も植えてしまい、毎食のようにミニトマトを食べるはめになったので、今年は賢く1本のみにしました。
でもトマトは好きなので、後日増やすかも。

まだ小さくひょろひょろな苗たち。
念のため添木もしてあげました。

これから毎朝水遣りという楽しみが増えます。
これがまたいいんだなあ。

と、庭に置いていた蚊取り線香用の置物の中に、、、。


アシナガバチでした。
まだほんの小さな巣ですが、新居を作り始めていたようです。
てことはこの子は女王バチなんでしょうか?

アシナガバチには申し訳ないのですが、僕はハチアレルギー(厳密にはスズメバチですが)があるので駆除させてもらいました。
ゴメンよ~。

こうして移植も終わり、収穫まで毎日庭に出る楽しみが増えました。
しかしまあ、なんと言いますか、この土いじりというのは本当に和みますね。
指の先の、爪の間に土が詰まってしまいそこから香る土の気配というかなんというか。
埼玉の内陸育ちの血がこんなところで実感できます。

人は地面を離れては生きていけませんね。

また続報を書きたいと思います。


2015年4月28日火曜日

夜桜 宮川堤へ

少し前の話しになりますが、夜桜見物に伊勢市内を流れる宮川の度会橋のたもと、宮川堤の桜並木へ行ってきました。




宮川堤の桜は「日本さんくら百選」にも選ばれる伊勢志摩随一の桜の名所です。
数年間「日本一の清流」と認定されていた宮川沿いに、鮮やかに立ち並ぶ桜並木は日本の春の原風景そのままのイメージです。



桜の時期には屋台も並び、にわかに活気づきます。
人出も多くなりますが、さすがに夜桜となると近隣の人たちしかいないのか、混むというほどでもありませんでした。
ライトアップもされていますが、控えめにしたのか予算がなかったのか、それがちょうど良いあんばいでした。




酔漢もおらず、下品なカラオケもなく、マジメに演奏しているストリートミュージシャンがいるだけでした。
僕は人ごみが大嫌いなので、このくらいの人口密度、まばらな感じが肌に合います。




屋台を冷やかしながら歩いていると、少し肌寒いようでした。
この時、四月上旬。
この数日後に花散らす雨が二日ほど降り、一気にぽかぽか陽気になっていったように覚えています。

後日の宮川堤。



あいにくの曇天でしたが、昼間にも見事な桜を見ることができました。

のどかな伊勢の春の風物詩。

今度はカヤックで川を下って訪ねたいものです。
季節は桜の春から、新緑の初夏へと向かっています。


2015年4月18日土曜日

またまたカヤックフィッシング ~kayak誌取材協力in尾鷲~ その2

kayak誌取材釣行、二日目は三木里です。
前日、小山浦で惜敗を喫した面々は、手堅く釣果を得ようと我らがホームグラウンド・三木里へと繰り出したのでした。


この日も朝から雨。
天気予報はまたもや大外れでべた凪です。
風はなかったですが肌寒いくらいでした。僕も真冬のウェアで出撃です。


昨日の時点でそれなりに誌面用の写真は撮れたようで、取材班お二人もこの日はやる気モードです。

僕は昨日の教訓を活かしてタイラバで地道に潮目を攻める作戦。
昨日同様、みんなバラバラ、どんどん湾の出口へと漕ぎ進んでいく中、一人浜から数百メートルのところで潮目をなぞってタイラバを落としてはリールを巻き上げていました。

と、潮目と潮目が交わり、まるで交差点のようになっているところを見付け、ここはと感じて攻めていると、フィッシュ・オン!


ピクピクと小気味よく竿がしなります。
ゆっくりとリールを巻いていくと赤い魚影が。


ホウボウでした!
このヒレが美しい~。

これに気を良くしてさらにタイラバで探っていくと、マゴチも釣れました(なぜか写真がない・・・)。
二尾とも船上でエラを外して股座のクーラーバッグに入れました。マゴチは40cmほどあり、バッグの中で曲げないと入りきりませんでした。

が、ラッキーはここまで。
その後は20cmにも満たないエソが一尾のみ。さすがにこの日はリリースしました。

そして3時ころ、ようやく沖のほうへ行っていたみんなも戻ってきました。
途中の浜に上がって魚を処理します。


釣果はこちら!
特大のオニオコゼは中谷さんがゲット。さすが師匠。
ただ、毒針におっかなびっくりで、うれしいんだか迷惑なのか良く分からないリアクションでした。
(ぼくも魚のトゲは苦手なので、軍手をします)


トンビがぴーひょろろと頭上を旋回しているのを感じながら波打ち際で魚のアラの処理。
釣って食うが基本です(エソは除く)。
釣りながらもどうやって食べるかの話題は尽きません。

僕はこんな釣りが好きなのです。


こうしてkayak誌の取材も無事(!?)終わり、みな帰途へついたのでした。

次号kayak誌は4月下旬発売予定です。
今号には取材で使わせてもらったSENTOM(セントム)の「日和」のインプレッション記事を僕が書かせてもらいました。
お求めはサニーコーストカヤックスで!

よろしくお願いします~。


2015年4月16日木曜日

またまたカヤックフィッシング ~kayak誌取材協力in尾鷲~ その1

はい、行ってきました。
釣りです。もちろんカヤックで。


四月吉日、尾鷲。
小山ハウスの森田さんのベースに集まったのは六人の釣り師。
kayak誌を発行しているフリーホイールの加藤さん、編集長ことレインドッグ野川さん、我が釣りの師匠RAINBOW中谷さんとスタッフさえみちゃん、そして尾鷲の若大将・森田さん。
・・・最近、あんまり顔ぶれが変わらなくなってきましたね。


さて。
一日目は小山浦です。
あいにくの曇り空、そしてポツリポツリと雨まで降ってきましたが、誰一人として弱音も泣き言も言いません。
黙々と竿を準備し、取材班はカメラチェックに余念がありません(お二人は釣りの準備はすでに済ませてたので)。

そしてべた凪の海へ漕ぎ出しました。


天気予報に反して海は穏やかで、潮目も追いやすく、またたく間にばらばらになってしまった6人。
僕は僕で潮目を追って糸を垂れますが、なかなかシブい立ち上がり。
アタリが来ません。
この日の前日、近所の釣具屋で仕入れたタイラバを使っていましたが焦れてきたので、以前、中谷さんにもらったのに替えてみました。

すると、来ました。


タイです。
かなり小振りで20cmほどでしょうか。
加藤さんはマダイだとおっしゃってましたが、僕には分かりません。美味しければそれでいいし。


これが景気付けになったのか続いてヒット。


今度はエソです。
普段ならリリースするエソですが、今日はキープします。
なぜって、今回の取材企画には「エソでかまぼこを作る」というテーマがあるからです。
いつもは憎らしいエソも、この日ばかりはちょっと愛おしく見えます。

結局、僕は同じようなサイズのタイを二尾上げ、さらにエソも二尾で竿をしまいました。
二尾目のタイは前日に買ったタイラバでのヒットだったのでちょっと自己満足。
僕はしゃくらなければいけないメタルジグよりも、ただゆっくりと巻き上げるタイラバのほうが好きだし得意なようです。


さえみちゃんもエソを上げていました。
撮らないで~と言ってますが、どう見てもうれしそうです。
そんなこんなで一日目の釣果がこちら。
クーラーボックスは中谷さんの一つで、みんなのを集めました。


どうやら他の皆さんは苦戦したようで、タイを上げたのは僕と中谷さんだけ、あとはカサゴ他。
残りは大小さまざまなエソ、エソ、エソのエソ祭り。
今日はいいんです、コレで。


編集長のご依頼でなぜか記念写真をパチリ。
この笑顔がこの日の勝ち組が誰かを物語っています。

そしてこの夜。
エソをさばいてすり鉢でゴリゴリとすって練って、蒸して出来上がったエソのかまぼこ。
味はなるほど美味しかったですが、そこへ至る過程には聞くも涙、語るも涙の艱難辛苦、無言無表情で作業する面々の重苦しい空気が小山ハウスに充満していたのでした。

このあたりの詳細は次号kayak誌をご覧ください~。
翌日は三木里へ。
続きは後日アップします!



2015年4月5日日曜日

剣峠越え

五ヶ所浦の町並みから五ヶ所川に沿って山のほうへとさかのぼり、切原の集落を抜けさらに山へと進んでゆく道、それが剣峠です。


剣峠は五ヶ所湾と伊勢神宮内宮とを結ぶ峠道です。
一応、全線舗装されていますが、落石や倒木が路上に散在していることもあり、車での通行には十分な注意が必要です。

伊勢志摩に暮らし始めて7年目。いまだ通ったことのなかったこの峠道を、桜の開花目前の三月中旬に行ってきました。


国道260号線からサニーコーストカヤックスへ行く信号を海側ではなく山側へ曲がり、五ヶ所川をさかのぼり始めます。
すぐに五ヶ所神社があり、愛洲の里も過ぎるといよいよ山道です。
しばらく進むと切原の集落に出ます。
山間の盆地のようなところに切り開かれた切原の家並みですが、この日は晴れていたこともありとても開放的で明るい印象を受けました。
さらに進みます。

このあたりまでは比較的道幅もあり、通行に不安を感じるような道ではありません。
道の脇には畑も多く、人が頻繁に行き来しているだろう雰囲気がありました。
そうして峠のてっぺんに到着。

峠のてっぺんには石碑も立っています。
その横には歌碑のようなものもありました。


見晴らしがきくわけでもありませんが、ここだけ少し開けていて車を停めておくことできます。
この峠までは南伊勢に暮らす人たちの生活圏内なのでしょう、気安く来れる道でした。

そして、峠を越えて下り道へと進んでいきました。


と、いきなりこの看板。
そう、ここから先は伊勢神宮の領内、宮城林でした。

そして道の様相も一変します。
道幅も車一台がやっと通れるくらいしかなく、路上の落石、倒木が増え、落ち葉も降り積もり、傾斜もきつくなっています。

なるほど、これは危ない道です。
伊勢に住む知人友人たちが口を揃えて危ない、怖かった、もう行きたくないと言うのがやっと分かりました。
峠道というより林道です。


対向車が来たらどうするんだろうとやきもきしながら慎重に下っていくとエンジン音が!
幸いバイクだったのですれ違いには問題なかったのですが、相手がオフロードバイクだったので一抹の不安も。
この先、大丈夫だろうか、、、。

つづら折れになっているところやカーブの内側の舗装が崩れているところ、山側から水が流れて土砂が散乱しているところなど、まさに油断のならない道でした。

そうしてやっと開けたところに出ました。
伊勢市高麗広の集落に出、さらに進むと川が見えてきました。
しかも人影もちらほらと。


そこは伊勢神宮内宮のほとりを流れる五十鈴川でした。
人影は参拝客で、川原で手を洗っているのが見えました。
内宮へ参拝する時は僕も対岸で手を洗っていますが、こちら側に道路が通っていることにも気付いていませんでした。

と、いきなり眼前に信号機が。
内宮の駐車場の奥にある交差点に出て来たのでした。
この交差点も今までは丁字路だと思っていました。

唐突に街中に出てきて、なんだかワープしてきたような感覚でした。
ただしたっぷり40分以上掛かるワープでしたがね。
こうして初めての剣峠越えを無事に終えたのでした。


かつてこの道は真珠王・御木本幸吉が行商のため通ったといわれています。
沿道には幸吉翁が植えたとされる桜並木があり、それは今でも数株残っているそうです。
なかなかの風流人だったといわれる幸吉翁の、それは後世に伝わる名残りでしょう。

なだらかな峠道から林道のような険しい道になり、最後は劇的に伊勢神宮内宮の横に出てくる剣峠。
それなりの覚悟と慎重な運転を心掛けて、皆さんも一度訪れてみてはいかがでしょうか。