2015年2月26日木曜日

カキカキ!ツアー古和浦2Days 無事に終わりました~ 1

2月21日~22日にカキカキツアーをしました。
写真が多いので二回に分けて報告します。

快晴の古和浦。足元は牡蠣だらけです

お天気に恵まれ、春を思わせる日和のもと、ロッジさらくわに集合。
今回はRAINBOW中谷さんもお客さまを連れて来てくれました。
早めのお昼ご飯を食べてから、お散歩のようなツーリングに出かけました。


春を感じつつ、南風に向かって漕ぎます

南寄りの風を受けながら漕ぎ進みました。
透明度もとても高く、もじゃもじゃと生え始めた海草の森の上に浮かび、ウニや魚を覗きます。この時期ならではの海の楽しみ方です。


うねりもなく、透明度も抜群でした

鯛の養殖筏を過ぎてさらに湾口のほうへと漕いで行きました。
目指したのは薄月の浜。


薄月の浜に着陸

ザサの浜の対岸にある薄月の浜も気持ちのいい砂利浜です。
流木も豊富な浜で、そういえばここでキャンプしてないなあ、したいですねえなんてお客さまと話しました。

薄月の浜にはザサの浜と同じく、奥に海跡湖があります。それを見にお散歩へ。


海跡湖を求めて浜の背後の林へ分け入ります

ウバメガシの多い林を奥へ奥へと歩いていきます。途中、枯れた沢のようなところに出、そこを辿ると池が見えてきました。


薄月の池。水量は少なめでした

海跡湖は海から隔てられた不思議な雰囲気の池で、水鳥の楽園になっていました。
陽もぽかぽかと湖面に照り返し、しばらくぼーっと眺めました。

のんびりと浜を散策しながらカヤックを上げたところへと引き返し、ふたたび離陸しました。


ふたたび海へ。まるで山上湖のようです

帰路は寄り道せずにまっすぐ新桑竈へ。
そしてカキカキのスタートです!


そしてカキカキ!みんなでカキフライを仕込みます


カキを剥き、海水ですすいで砂利なんかを取り除き、お料理の仕込をしていきます。
まずは焚き火で焼いたカキを肴に乾杯!
あまり酔っ払わないうちにカキフライの準備をしていきます。これもお客さまみんなでやりました。


RAINBOW中谷さんも大活躍です!

RAINBOW中谷さんはシーカヤック界では有名なシェフでもあります。
僕がイメージしていたお料理以上のものを次々に作ってくれました。
カキのオリーブオイル煮のアヒージョも中谷レシピで美味しくなりました!

カキフライも出来上がり次第どんどん食べていきます。

熱々ほくほくのカキフラを口いっぱいにほお張って、この笑顔!

この笑顔を見てください!
満足、満腹、ご満悦。
おそらく100個以上のカキフライは見る見るなくなっていきました。


宴は夜遅くまで続きました~

夕方からはパドルコーストの吉角さんも合流し、長いお付き合いのお客さまも再会に喜んでいました。
こうして初日の夜は更けていきました~。


2015年2月18日水曜日

ネタ切れにつき、思うままに書いてみました

暦の上では立春も過ぎましたが、相変わらずしっかり冬の日々が続く今日この頃、ブログネタもなくしばらくぶりとなる更新となりまして失礼しました。


ネタが無いなりになにか書いてみようと思い立ち、まずは写真を撮ってみました。

三浦しをん著「舟を編む」。


これは最近の寝る前のお供です。
購入したのではなく、みなみいせ図書室から借りてきた本です。
南伊勢町にある小さな図書室(だから図書館ではないみたいです)ですが、海に生きる人たちを丁寧な筆致で紹介し続けている南伊勢町在住のエッセイスト川口祐二さんの本が揃っていたり、郷土資料や風物について書かれた本がしっかりと並んでいるだけではなく、小説などもあり、なんだかんだと月一回以上のペースで通い続けています。

この「舟を編む」は新しい辞書を創る辞書編集部の奮闘ぶりと人間模様を描いた小説ですが、軽妙な文章でさくさく読め、また、辞書編集というまったく知らなかった世界が紹介されていて、楽しく読み進めている最中です。

この本のことは確か一年ほど前にWEB上でレビューが紹介されていたか、読書アプリのお試しで数ページ読むことができたから呼んだのだったか、とにかく題名にまず惹かれたと記憶しています。
前述の通りカヤックとは関係ない本ですが、辞書は言葉の海を渡る舟だ、というような台詞もあり、あながち僕の嗅覚も間違ってはいなかったかなと思ったものです。
そうすると、なんだか海の水、波、しぶきの一つ一つが地球という星が溜め込んでいる知識や記憶
そのもののような気がして、そこをシーカヤックで漕ぐことでその知識や記憶に触れているのかもしれないと思うと、不気味なような畏れ多いような、それにも増して好奇心もくすぐられ一人でうふふと顔を緩ませたりするのですから、気持ち悪いことこの上ないですね。

冬の(ヒマな)シーカヤック屋さんは思索の海を漕いでいるのです(?)。



みなみいせ図書室からは伊勢神宮に関する読み物も借りたことがありました。
伊勢で暮らしていると神宮は特別な存在ではありますが、けっして異質で浮いた存在ではなく、人々の暮らしの中に密接に関係した当たりまえの存在というふうに感じます。
神宮だけではなく伊勢志摩には寺社は多く、いつまで経っても市街地は区画整理が進まず都市整備も遅れがちですが、それだけ神さまや仏さまがまだまだ生きている、機能している(不敬な表現ですね)のかなと思います。

伊勢神宮を語るには天皇家についても語らなければならないでしょう。
古代天皇制から伊勢神宮建設を前後して確立されていった現在の天皇制。
象徴天皇制はまるで戦後の日本国憲法で定められたというふうに思っていましたが、どうやらそれは間違いで、もうずっと昔から天皇は王ではなく象徴だったのだと知りました。
学校で習う歴史の授業では天皇制についてきちんと説明していないように記憶していますが、今はどうなのでしょうか?
天皇制を理解することで、現在の日本国憲法の平和主義はとてもすんなり得心できるように思います。天皇陛下がここ数年、平和と憲法遵守について語られていることは、もう1000年以上続く日本の当たり前の想いのような気がします。
成人された佳子さまが最近マスコミに取り上げられることが多くなったようですが、そうして親しみやすい皇族をシンボルとして話題にすることはとても自然なことで、僕は好ましく感じています。
ほんとに可愛いですしね。



天皇制に神さま、仏さまと宗教的な話になりましたが、僕自身は仏教徒で宗派は禅宗・曹洞宗です(見た目はばっちり坊主そのままですし)。
信じる信じないと問われると困惑しますが、とりあえず仏教思想、特に日本で開花した禅宗に関してはとても興味がある、といえます。つまり信心はないですね、やっぱり笑。

ただ、海を漕いでいると、海で仕事をしていると人を超越した存在を感じることはごく普通にあります。何度も、頻繁にです。
それを神さまと呼ぶのであれば、八百万の神々というのが一番しっくりくるように思います。そのくらいうじゃうじゃいると考えるほうが当てはまる気がします。

最近流行っている「妖怪ウォッチ」ですが、これも人智を超えた存在・事象を象徴、キャラクター化したのが妖怪なわけで、一時、京極夏彦さんの本を読み漁っていた僕としてはなんだかちょっとうれしいブームだなと感じています。
まだちゃんと見たことないのですが、どうやら「妖怪体操」というのが子供たちだけではなく、ダンスに取り入れたりして高校生くらいにまで人気があるそうですが、この体操=ダンス=舞というのも人や自然を表現するための手段のひとつであり、それが流行の一助になったというのは能、歌舞伎の伝統文化を育んできた日本人の心の深淵に潜む国民性の表れなのでは、などと勝手に夢想してしまうのでした。


いくらなんでも筆が飛びすぎました。
今回はこの辺で。


2015年2月5日木曜日

海旅人をおもてなし ~1000km to Tokyo Expedition~

マイク・リードという若者が五ヶ所湾へやって来ました。

彼は2014年初夏にJapan to Koriaという遠征をダイドック オーシャンカヤックス原さんと共に成し遂げた男だ。
そして第12次瀬戸内カヤック横断隊にも参加したので、僕にとっては隊士仲間でもある。

アメリカ生まれのマイク。現在は山口県周南市在住。


マイクは環境活動家を自称しており、浜辺に打ち上げられたゴミに関心を持っていて、特に瀬戸内の海に散在する牡蠣養殖で廃棄される塩ビのパイプのごみ調査をしている。

先の韓国までの遠征もゴミ調査をしていて、今回はその遠征報告のプレゼンテーションするために東京を目指しています。
もちろん今回の遠征でもゴミ調査もしていて、会場までシーカヤックで漕いで行くというパフォーマンスと、彼いわく漕いで行けば安上がりだし、とのこと。

そうして山口県を年末に出発し、瀬戸内を抜け、紀伊半島に取りつき、潮岬を回航して熊野灘を北上してきたのだった。

そんなこんなで睦月吉日。
マイクは五ヶ所湾へやってきたのでした。

日暮れ迫る五ヶ所浦にやってきたマイク
この日も40kmほどは漕いできたはずだ

午後三時過ぎ、五ヶ所浦の河口の浜に上陸。
お出迎えは地元ブランドの大内山牛乳と山村牛乳、そしてチョコパイ。
マイクはお酒を飲まないのでこうなりました。

やあやあやあと再会を喜び、我がベースへとお通ししました。

出迎えのプレゼント。マイクはお酒は飲まず、日本の牛乳をこよなく愛している
(注:チョコパイは僕の趣味です)


カヤックカートに乗せて重積載したカヤックを運び、荷をほどきシャワーを浴びてもらってから近所へ晩ご飯を食べに。
お約束のような「FIVE」の特大エビフライ定食。
旅人に揚げ物はたまらないでしょう~。

しばらく人と話していなかったのと、僕がほんのちょっと英語が話せることもあり、マイクはずっとしゃべり続けた。アラスカ奥地に暮らすマウンテンマンのようでした。


晩ご飯を近所の喫茶店「FIVE」へ食べに行く
オーダーはもちろん特大エビフライ定食


僕らはなぜか昨年晩秋の瀬戸内カヤック横断隊の時にはあまり会話をしなかった。
横断隊は人数も多く、そして英語の堪能な隊士もいたせいか遠慮をするように話しかけなかったように思う。
そして今、二人きりで相対すると不思議と数年来の知己のように気安く話せるのだった。

その後も話が弾んだが彼の疲労も考え、早めに辞去した。


翌日は一日ゆっくりしてもらう。マイクにも休養は必要だ。夕方うちの奥さんを伴って再訪。
アルガフォレストの柴田さんもお誘いして、おでんをした。
マイクはシーカヤックでの遠征経験のある人の話を聞きたそうだなと前日に感じたので、それではと日本屈指のシーカヤックパドラーをお招きしたのでした。
柴田さんはノルウェー・エクスペディションをはじめ海外への過酷な遠征経験だけではなく、技術、知識も国内トップクラス。そして英語も話せます。

装備のこと、漕ぎ方のこと、これからのルートについて。
柴田さんを紹介したことはマイクにいい刺激になったようだった。わざわざ来ていただいた柴田に感謝です。


そして出発の朝。
7時には出るという彼の言葉を信じて自宅から車を飛ばしてきてみれば、まだパッキングも始めておらず、着替えてもいなかった。
ま、自分一人の旅だもんね~。


出発の朝。念入りにパッキングしていくマイク


全ての荷物を積み込み再びカヤックカートで浜へと運びました。
コーカタットのドライスーツとライフジャケットを着ると表情もきりっとして見えますね。

いよいよ離陸。

五ヶ所浦を離陸。この日は鳥羽を目指した


これから旅立つ若者を見送る一抹の寂寥感。
この浜に立ち、カヤックで出発する人を私服で見送ったのは初めてだ。
いつもは自分も装備を身に付け、最後に離陸する。

アオサのりの養殖網の列を抜けだんだんと小さくなるマイクのシルエットを目で追いながら、さみしいんじゃなくて悔しいのかなとふと思い、自分の旅心もまだまだ現役だなと妙に納得した。

マイクはこの日、五ヶ所湾から英虞湾を抜けて深谷水道を通り、大王崎を回って的矢湾、相差を過ぎて国崎(くざき)に着陸した。
海図の写しは持っていたが、迷路のような英虞湾をナビゲーションして深谷水道に入れたのは大したものだ。


前夜のワンショット。

二日目の夜は柴田さんとうちの奥さんも交えておでんパーティ


手に持っているのはヒッチハイクのためのボードと、マイクのカヤックに置いておくメモです。
東京でのプレゼンに漕いで行くには間に合わなくなり、途中で旅を中断してヒッチハイクで会場へ向かうことにしたので僕が書いてあげたのだ。
マイクは片言の日本語はしゃべれるが文章は書けない。

メモの内容は「これはマイク・リードのカヤックです。山口から東京までごみ調査をしながらこのカヤックで旅をしています。しばらくここにカヤックを置かせてください云々」というもの。彼の連絡先も書いてある。

結局、浜名湖まで漕ぎ着いたマイクはそこにカヤックを置いて東京へ向かった。
カヤックにおいておくメモは使ったけれど、東京へは横断隊士の三澤さんにピックアップしてもらえたので、人生初のヒッチハイクに興奮していたマイクだったがTokyoと書いたボードは使わずじまいだったようだ。
一人旅とは人々のもてなしで思い通りにはいかないものだね。


東京でのプレゼンを無事に終えたマイクは再び海に戻り旅を続けています。
厳冬期のシーカヤック・エクスペディションは彼を大きく成長させることでしょう。
伊豆半島の回航を含めまだまだ難所は続きます。
Good luck, Mike !


この遠征【1000km to TokyoExpedition】のレポートをマイクはfacebookにアップしています。興味のある方はぜひチェックしてみてください。

マイクのfacebookページ「Japan to Korea」